私はバイオハザード1リメイクが、シリーズ最高傑作だと考えています。
そう断言してしまいましょう。バイオハザード4や7にファンが多いことはわかっています。でも私の中ではコレだ。ずっとコレだった。
最初にプレイしたのは、PS1のディレクターズカット版でした。ゾンビが出てくるホラーゲームだということしか知らずに、コントローラーを握りました。
操作できない、という恐怖

バイオハザード1の操作は、いわゆるラジコン操作です。キャラクターは常に自分が向いている方向に進み、左右の入力で体の向きが変わります。現代のゲームに慣れた感覚からすると、最初はまったく直感的ではありません。
操作に戸惑いながら廊下の奥に行くと人影がありました。ゆっくりこちらを振り返るのはゾンビだ。
倒さなければ。ハンドガンを構えて引き金を引きました。当たっています。でも倒れません。何発撃ってもよろめくだけで、じわじわとこちらに近づいてきます。焦って操作を誤り、逃げようとしたら壁に向かって走っていました。気づいたときには噛みつかれていました。
ゲームオーバー。最初のゾンビ相手に。
これが私とバイオハザードの出会いでした。思い通りに動けないキャラクターへの苛立ちと、何発撃っても倒れないゾンビへの驚き。「怖い」というより「わからない」という感覚に近い体験でした。
犬が窓を割った夜
なんとかラジコン操作に慣れ、洋館の探索を進めていきました。謎を解き、鍵を手に入れ、少しずつ先へ進みます。怖いのは変わりません。でも「わかってきた」感覚がありました。

そして、あの瞬間が来ました。廊下を歩いていると、突然、窓ガラスが割れました。ゾンビ犬が飛び込んできたんです。
心臓が止まるかと思いました。本当に。
しかも一匹じゃありません。ゾンビ犬は足が速く、照準を合わせる余裕がありません。引きつけて下を向いて撃たなければ当たらないと思い込んでいた私は、近距離でゾンビ犬に絡みつかれ、あっという間にやられました。
その時点で、私は電源を切りました。次にバイオハザードを起動したのは、1ヶ月後となりました。
後に知ることになりましたが、ゾンビ犬は水平に撃てば普通に倒せます。下を向く必要など、なかったのです。「知らなかった」だけです。そもそも戦わないで無視するのが一番。でも、その無知が、あの恐怖のすべてを作っていました。
正体を知った瞬間、やめられなくなった
1ヶ月の中断を経て、恐る恐るゲームを再開しました。謎を解きながら洋館の奥へ進むうちに、この作品の「正体」が見えてきました。
ゾンビも犬も、お化けでも妖怪でもありませんでした。ウイルスによって生物を改造した、生物兵器だったのです。
研究者たちが残した記録が、洋館の真実を少しずつ明かしていきます。
その瞬間、不思議なことが起きました。
怖くなくなったのです。
お化けは倒せません。でも生物兵器なら、弾が当たります。対処できます。正体がわかった途端、恐怖の質がまるごと変わりました。そしてそこから、私はゲームをやめられなくなりました。
怖くなくなってから、本当の面白さが始まる
正体がわかれば、対処法もわかってきます。ゾンビにはこう対応する、犬にはこうする。あんなに怖かった敵たちが、少しずつ「攻略できる存在」に変わっていきます。

でも、そこで終わらないのがバイオハザードです。
対処法を知っていても、弾が足りないかもしれません。ここで撃っていいのか。次の部屋に何が待っているかわかりません。回復薬をいつ使うべきか。アイテムポーチの枠は限られています。
正体を知った後も、緊張は消えません。今度は「知識はある、でもリソースが足りないかもしれない」という新しい次元の緊張が始まります。未知が既知に変わる快感と、限られたリソースの中で判断を迫られる緊張。この二つが同時に走り続けるのが、バイオハザードという体験です。
それでも、リメイクが最高傑作である理由
2002年にゲームキューブで発売されたバイオハザード1リメイク(通称バイオ1HD)を初めてプレイしたとき、私は言葉を失いました。

グラフィックが新しい、というだけではありません。現代の基準で見れば最新とは言えません。でも、光の演出が違います。廊下の闇の作り方が違います。固定カメラのアングルが、次の部屋への恐怖を意図的に煽るように設計されています。舞台、光、カメラ。それらが組み合わさって、「恐ろしくも美しい映像」が生まれています。
そして、クリムゾンヘッドだ。
オリジナル版ではただの障害物と化していたゾンビが、倒し方によってはクリムゾンヘッドとして蘇ります。赤く変色し、猛スピードで突進してきます。完全に倒すには焼くか頭部を破壊するか、あるいはそもそも倒さずに避けて通るか。「倒す」という選択肢が、単純ではなくなりました。ゾンビ一体との向き合い方が、まるごと変わったのです。
さらに、バイオハザードが長く続くシリーズになったことで、原点の重みが増しました。クリス・レッドフィールド、ジル・バレンタイン、そしてアルバート・ウェスカー。彼らの物語はここから始まりました。シリーズを通して彼らを知った後でバイオ1HDを振り返ると、すべての起点がここにあったという感慨があります。
バイオシリーズの生みの親である三上真司氏が作ったバイオハザード4も傑作です。爽快で、テンポが良く、アクションとして完成されています。でも、あの作品はアクションシューターの傾向が強い。5も6も、シリーズはどんどん爽快シューティングの方向へ向かっていきました。それはそれで面白い。でも私が「バイオハザード」に求めるものではありませんでした。
バイオハザードとはサバイバルホラーです。ただ怖いだけのホラーではありません。限られたリソースで、正体不明の恐怖と対峙し、生き延びるホラー。その究極にして原点が、バイオハザード1リメイクだと私は思っています。
「あり得る」という薄気味悪さ
最後にもう一つ、このシリーズを特別にしている要素があります。
生物兵器。バイオテロ。科学の進歩が制御を失ったとき、何が起きるか。バイオハザードの世界はSFです。でも、荒唐無稽なSFではありません。現代の生物工学や遺伝子操作の技術を考えると、「あり得ないとは言い切れない」という感覚があります。現実の科学の延長に、この物語は存在しています。
その薄気味悪いリアリティが、バイオハザードをただのホラー体験以上の作品にしています。
その究極にして原点が、バイオハザード1リメイクである。
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