ある知人の高齢女性の話をさせてください。
一人暮らしで、日中はほとんどの時間をテレビの前で過ごしていました。でも、テレビを「観ていた」というより、「眺めていた」という表現の方が正確でした。画面に集中しているわけでも、内容を楽しんでいるわけでもなく、音が鳴っていることで部屋の静寂を埋めていただけ。そんな印象が、今でも強く残っています。
孤独です。でもその孤独は、「人がいないから」だけではないと感じました。何かに参加していない、という種類の孤独だったのだと思います。
WHOは孤独を「世界的な流行病(global epidemic)」と宣言しています。研究者のホルト=ランスタッドは、孤独が健康に与えるダメージを「1日タバコ15本を吸うのと同等」と試算しました。孤独は、じわじわと人を蝕みます。
自分の10年後・20年後・30年後
この話が他人事ではないと感じるのは、自分自身の未来と重なるからです。
10年後、20年後、30年後——ゲームをやめて、テレビを眺めるだけの毎日に変わっていく自分を想像すると、正直、不安になります。でも同時に、こう思うのです。ゲームを続けていれば、その孤独は避けられるかもしれない、と。
それは希望的観測ではなく、データがあります。
会話がなくても、孤独感が薄れた
FF11、FF14、モンスターハンターと、オンラインで他のプレイヤーと一緒に遊んできました。
不思議なことに、特別な会話がなくても、同じ敵を一緒に倒しているだけで、ふと孤独感が薄れる瞬間があります。面倒くさいと感じることもあります。それでも、「誰かと同じ場所にいる」というだけで、一人部屋の静寂は変わる。画面の向こうに人がいる、というだけで、何かが違う。
これは気のせいではありませんでした。
ゲームのうつ改善効果は、動画視聴の1.6倍だった
中国全土29,909サンプルの縦断データを用いた研究が、こんな結果を示しています。
中高齢者のインターネット利用を「ゲーム」「動画視聴」「ニュース閲読」の3つに分けてうつへの改善効果を比較したところ、ゲームの効果は動画視聴の約1.6倍でした。3つの中でもっとも強い効果を持っていたのは、ゲームだったのです。
うつの改善効果が約1.6倍高かった。
テレビには音が出ます。動いている映像があります。それでも、「眺める」行為と「参加する」行為は、脳にとって別物です。
ゲームは選択します。判断します。ときには誰かと協力します。その能動性こそが、孤独やうつへの抵抗力になっているのだと、このデータは示唆しています。
ゲームは、卒業するものではない
スポーツや読書が「生涯続けるもの」であるように、ゲームも同じです。大人になったらやめるものでも、老後には関係ないものでもありません。
むしろ逆で、老後こそゲームの本領が発揮されるかもしれないのです。人間関係が少しずつ縮んでいき、体が動かなくなっていく中でも、画面一枚で誰かと繋がり、何かに能動的に参加し続けられる。ゲームはそういう活動です。
「ゲームを続けていて、よかった」と言える老後をつくる。
それが、科学の言葉で語れる時代になってきた。
論文の詳細に興味がある方は、このまま読み進めてください。
目次
- 研究の概要:29,909人のデータが語ること
- 「うつ」をどう測ったか——CES-D尺度とは
- ゲーム・動画・ニュース——3つの比較結果
- なぜゲームはテレビより効くのか
- Wiiボーリングで孤独感が消えた——別の実験が示すもの
- 研究の限界と、それでも言えること
① 研究の概要:29,909人のデータが語ること
Fan と Yang(2022年)は、「中国健康と退職縦断研究(CHARLS)」のデータを用いて、農村部に住む中高齢者のインターネット利用がメンタルヘルスに与える影響を分析しました。
CHARLSは中国全土237のコミュニティから収集された大規模パネルデータで、今回の分析対象は29,909の観察値(2013年・2015年・2018年の3波)にのぼります。
統計手法には「差分の差分法(DiD)」を採用しています。インターネットが普及した地域と普及していない地域を比較することで、「インターネットを使うようになったから改善した」という流れを、相関ではなく因果に近い形で推定する方法です。
② 「うつ」をどう測ったか——CES-D尺度とは
本研究でうつの指標として使われたのは、CES-D(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)と呼ばれる国際標準の尺度です。
20の質問項目に答え、0〜60点でスコア化されます。スコアが高いほどうつ傾向が強く、一般的に16点以上が「うつの可能性あり」とされます。「孤独を感じた」「物事に集中できなかった」「すべてが面倒に感じた」などの項目を含む、孤独感・意欲・社会的つながりを包括した指標です。
③ ゲーム・動画・ニュース——3つの比較結果
インターネット上の活動を3種類に分けて、CES-Dスコアへの影響を比較した結果がこちらです。マイナスの値が大きいほど、うつの改善効果が強いことを示しています。
| 活動 | CES-Dへの効果(係数) | 有意水準 |
|---|---|---|
| オンラインゲーム | −2.852 | p < 0.01 |
| 動画視聴 | −1.735 | p < 0.01 |
| ニュース閲読 | −1.126 | p < 0.01 |
いずれも「うつを改善する」効果を持っていましたが、ゲームの効果(−2.852)は動画視聴(−1.735)の約1.6倍、ニュース閲読(−1.126)の約2.5倍でした。
3つすべてが「インターネットを使う」行為でありながら、なぜこれだけの差が生まれるのでしょうか。
④ なぜゲームはテレビより効くのか
研究者たちはその理由を、ゲームの「能動性」に求めています。
動画やニュースは基本的に受け取る行為です。情報は一方向に流れてきて、こちらが判断する余地はほとんどありません。一方でゲームは、プレイヤーが選択し、反応し、判断し続けます。達成感があり、失敗があり、また挑戦があります。
さらにオンラインゲームには、他のプレイヤーとの共同作業が加わります。会話がなくても、同じ目標に向かって動くことで、「誰かと繋がっている」という感覚が生まれます。これは動画視聴では代替できない体験です。
心理学では、「自律性(自分で選んでいる感覚)」「有能感(できた、という手応え)」「関係性(誰かと繋がっている感覚)」の3つの充足が主観的幸福感の中核だとされています——自己決定理論(SDT)です。ゲームはこの3要素を同時に満たせる、稀有な活動です。
⑤ Wiiボーリングで孤独感が消えた——別の実験が示すもの
別の角度からも、同じ方向の結果が出ています。
Schell ら(2015年)は高齢者施設の入居者を対象に、Wiiボーリングを週2回・8週間にわたってプレイさせる実験を行いました。その結果、孤独感スコアが統計的に有意に減少しました(p<0.001)。ゲームを通じてチームで遊ぶことが、仲間意識と帰属感を育んだと考察されています。
ハードウェアも、ゲームの種類も、データの出所も違う。それでも方向性は一致しています。能動的に参加し、誰かと場を共有するゲームという活動が、孤独に抵抗する力になる——という結論に向かっています。
⑥ 研究の限界と、それでも言えること
Fan & Yang(2022年)の研究には、限界もあります。対象は中国農村部の中高齢者で、インターネットの普及が始まったばかりの2013〜2018年のデータです。日本の現代の高齢者にそのままあてはまるかどうかは、慎重に考える必要があります。
また、「ゲームをする人はもともと活動的な性格だった」という逆因果の可能性を完全に排除することも難しい面があります。
それでも言えることがあります。29,000人超という規模、差分の差分法という手法、そして複数の研究が一致して示す方向性——これだけの証拠が積み上がれば、「ゲームは老後の孤独に効く可能性がある」という仮説は、単なる楽観論ではなくなります。
親御さんが「最近テレビばかり見ている」と気になっているなら、ゲームを勧めてみることを、科学はすでに後押ししています。


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